2016年5月2日月曜日

第91回『The Champions』

3月に素晴らしい映画のイベントに行く機会がありました。『The Champions』というドキュメンタリー映画です。2007年に全米を震え上がらせたNFLスタープレイヤー、マイケル・ヴィックの闘犬賭博事件で保護された犬たちが、どんな運命を辿ることになったのか。ドキュメンタリー映画作りのベテラン監督が、「Vick Dogs」と呼ばれる、それらの犬たちのその後と、彼らを取り巻く人間たちの奮励と尽力を見事に綴っています。


最悪な事件がもたらした光

 2007年4月、NFLのスター選手、ヴィックの豪邸に警察の手入れが入り、闘犬賭博ビジネスが発覚。ヴィックは捕まり、現場からは70匹以上の犬と、拷問で殺された犬たちの残骸も見つかりました。事件発覚後、生き延びて救出された犬たちの運命に焦点が集まりました。と言うのも、それまで闘犬現場から保護された犬は、議論の余地なく全部殺処分されていたからです。しかし、世間の大注目を浴びたこの事件が、その後の闘犬飼育場出身の犬たちの運命を変えるきっかけとなりました。
 事件後当初は、動物愛護活動団体の大御所のHumane Society of United StatesやPETA*も、保護されたすべての犬を「全米一危険な犬」と非難し、全犬の殺処分を提案していました。しかし、世間からの関心があまりにも強かったことを受け、事件を担当していた裁判官は、動物法専門の教授に保護された犬たちの徹底的な分析と判断を依頼したのです。

セカンド・チャンス

 保護された、ほぼすべての犬は、世間の推測を見事に裏切るかのように、アグレッシブで危険とは正反対の気質でした。人間に対してポジティブな経験をしたことがなく、社会性もまったく身につけていないため、ほとんどの犬たちが異常に敏感に怯え、地べたにへばりつく、隅に隠れるという行動を見せました。しかし、攻撃的になることはなく、人間のなすがまま。そうして生き延びるしかなかったのでしょう。
 この映画では救出された数十匹の犬の中から5匹の犬達に焦点があてられ、保護されてからの数年間の彼らの運命と新生活が紹介されています。今では立派にセラピー・ドッグとして活躍し、社会に貢献している犬もいます。誰が予想できたことでしょう。あんな極悪卑劣な状況下を経験させられても、チャンスが与えられれば本質を発揮し生まれ変われる。映画は、それらの犬の、生きる力と健気な生き様に共感を覚え、愛、忠誠、希望で、闘犬救出活動の歴史を変えたこの事件一連を一緒にくぐり抜けた人間たちが見つける「人間と動物のあるべく形」をも巧みに描き、心に響きます。

永遠のテーマ

 人間は己のあらゆる欲望のために、他類の動物を無情に傷つけることをします。しかし、またその反対に、自分を捨ててまで献身的に動物を助け、動物のために闘うのも人間。地球を我物顔で牛耳っている人間が、「動物と人間が本来あるべき形」を認識し、進んでいくことを切に願う機会をくれた映画でした。全米各地でのスクリーニングに加え、ネットでダウンロードして鑑賞も可能。詳しくは、http://www.championsdocumentary.comまで。
 次回は、「BSL (Breed Specific Legislation – 特定犬種への法制 」と題し、存続する差別的な法律とそのインパクトについてお話しします。お楽しみに!
*PETA (People for the Ethical Treatment of Animals)

               ひとりでも多くの人に、この映画のメッセージが届いてほしい
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てらぐちまほ在米27年。かつては人間の専門家を目指し文化人類学を専攻。2001年からキャリアを変え、子供の頃からの夢であった「犬の専門家」に転身。地元のアニマル・シェルターでアダプション・カウンセリングやトレーニングに関わると共に、個人ではDoggie Project(www.doggieproject.com)というビジネスを設立。犬のトレーニングや問題行動解決サービスを提供している。現在はニューヨークからLAに拠点を移し活躍中。ご意見・ご感想は:info@doggieproject.com

2016年4月1日金曜日

第90回「暮らしやすい犬」

世の中にパーフェクトな人間などいないというのは私の持論ですが、パーフェクトな犬はいると思います。しかし、いくら親ばかな私でも、我が愛犬ノアをパーフェクトな犬とは思っていませんが、ノアは大変「暮らしやすい犬」で、彼を一言で表現する時にその言葉が一番に浮かびます。今回は、愛犬ノアが一番誇れる「暮らしやすさ」についてのお話です。

番犬にならない…

 ニューヨークにいた時も、LAに越して来てからも、よくご近所さんに「ノア家にいるの?」と聞かれます。ノアがいつも静かなので不思議なようです。基本的に、私は愛犬を家の中で走り回らせたり、遊んで暴れたりさせません。体の運動は外、家は静かにくつろぐ場、または頭の体操だけの場としています。家に遊びに来る人たちが、ノアが家で静かなので面白くないと言うこともありますが、お客さんが来た時だけOKという理屈は犬に通じないし、混乱させるのが嫌で、極力基本ルールは守らせるという考えです。また、愛犬が家の中で収拾がつかないほどやんちゃでは毎日の生活が大変です。愛犬が家でリラックスしていれば、自分の生活も楽になり、相互効果になります。
 ノアが静かなのは、彼が年に1-2度しか吠えないからでもあります。そういう意味では番犬にならないのですが、それよりも、住宅が密集した都会生活をする上で、近所に迷惑をかけることがなく、大変助かっています。
 また、毎日のルーティンを把握しているので、その通りに行動してくれるのも楽です。ノアは留守番が大得意で、後追いして吠えたり泣いたりは一切せず、また留守中に家の中で悪戯もしません。トイレも絶対に外なので、一度も家を汚したことがありません。そのお陰で、一日家を空けている私は安心して外で頑張れるわけです。
 またノアは人を恐れないので、どんな人間に対しても友好的に接することができ、小さい子供でも安心してそばにいさせられるのは大利点です。

社会化・社会性

 上記からもわかるように、「暮らしやすい犬」という条件は「社会性があるか、社会化されているか」に関わってきます。私は、常日頃から「愛犬に一番養わせてほしい要素は社会性」と説いていますが、人間社会の一員であるペット犬は、社会性が有るか無いかで、一緒に暮らしやすいかどうかの差がうんと変わります。シェルターにいた時にも、社会性が有る無いで新しい家が見つかる確率の差がかなりありました。

努力が実を結ぶ

 もちろん「暮らしやすい犬」の陰で、飼い主の努力がないわけではありません。毎日の十分な運動と遊び、さらに頭の刺激を提供し、栄養が行き届いた食事を与え、健康管理を怠らず、良し悪しをきちんと教え、飼い主との上下関係をきちんと築く。また、飼い主の私が常に心身共にバランスの取れた健康状態でいることを心掛けています。愛犬が常に安心感を持てる環境を提供するのは、飼い主の器量です。しかし、これは普通の飼い主が普通にすべきことで、これらを楽しんでできないと、犬との暮らしは窮屈なはず。こういうことを「普通」と思え、楽しめたら「暮らしやすい犬」が育ち、そんな犬との楽しい生活ができるのだと思います。私の場合、ノアのDNAがよかったラッキーな飼い主ですが、愛犬との間で意思疎通がよくでき、以心伝心の関係まで持っていけたら「暮らしやすい犬」との生活に辿り着くのだと思います。
 次回は、『The Champions』というドキュメンタリー映画についてお話します。お楽しみに!
寝るのが仕事
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てらぐちまほ在米27年。かつては人間の専門家を目指し文化人類学を専攻。2001年からキャリアを変え、子供の頃からの夢であった「犬の専門家」に転身。地元のアニマル・シェルターでアダプション・カウンセリングやトレーニングに関わると共に、個人ではDoggie Project(www.doggieproject.com)というビジネスを設立。犬のトレーニングや問題行動解決サービスを提供している。現在はニューヨークからLAに拠点を移し活躍中。ご意見・ご感想は:info@doggieproject.com

2016年3月4日金曜日

第89回「リーシ嫌い」

やっかいな犬の飼い主によく出くわします。自分の犬の糞の後始末をせず、平気な顔でその場を立ち去る飼い主はその一例。前にお話した愛犬の異常吠えを何もせず、放ったらかしにして近所に迷惑をかけている飼い主も一例。しかし、個人的にもっと迷惑でやっかいだと思うのは、散歩時にリーシを使わない飼い主です。今回は、リーシ嫌いな犬ではなく、リーシ嫌いな人間についてお話します。

法律違反


私が今までに住んできた町にはかならず「Leash Laws」がありました。Leash Lawsとは、犬の飼い主に対して、自分の犬を常にコントロールできる状態にすることを義務づけた法律です。具体的には、散歩に出かけたり、公共の場や犬の出入りが認められている私有地に入ったりする場合は、6フィート以内のリーシを用いて、自分の犬の行動を抑制しなければならないという飼い主の責任です。要するに、犬の飼い主に自分の犬も周りも守りなさいというものです。
 
犬好きが陥りがちな悪い癖は、世の中の人間全てが犬好きと思いこんでしまうこと。しかし、世の中には犬が嫌い、怖いと思う人もたくさんいます。また、同類の犬が苦手な犬も多くいるのです。リーシなしの犬に突然近寄ってこられたら、たとえそれがフレンドリーな行為だったとしても、受ける側がパニックになることも多いです。それが少々攻撃的だとしたら、犬同士の場合けんかにつながることも。リーシをしていれば引き離せても、オフの場合は引き離すのが大変困難です。また、オフの犬がジョギングやサイクリングしている人を追いかけている光景を見ることがありますが、追いかけられた方はたまったものではありません。
愛犬を守れるのは飼い主
愛犬は何が何でも自分が守るという信念を持つ私にとって、愛犬をリーシなしで外に出したり、散歩したりする飼い主の気持ちはどうしても理解できません。近所に、玄関の戸を開けて飼い犬2匹をリーシなしで放ち、自分はパジャマ姿のまま戸口で待っている人がいます。犬たちは戸が開いた途端、クモの子を散らすように去って行きます。糞の始末は誰がしているのでしょうか? 誘拐されたり、交通事故にあったりという心配が頭をよぎらないのかと不思議です。知り合いが、リーシなしにしていた愛犬が目の前で車に轢かれ即死したことを「馬鹿な犬」と言っていました。罪の意識を隠す気持ちの表現かもしれませんが、犬が馬鹿だったのでしょうか?
親子が歩く姿
犬と飼い主のリーシ歩行は「人間の親子が手をつないで道を歩いている姿」と同じようなものだと、レッスンの際いつも説明しています。親の手を振りほどいて勝手にどんどん先を歩く子供。駄々をこねて暴れ、半分引きずられるように歩く子供。または、親の手をしっかり握り、時々顔を見上げてはまた前を見て歩く子供。どれが理想の図と思いますか? 犬と飼い主をつなぐリーシは、親子が握る手と手なのです。そして、それは「命綱」でもあるのです。6フィートのリーシで、飼い主は愛犬の安全を確保し、守る。また、あのリーシを使って社会を、自分たちの位置を教え、絆を深めるのです。そんな大切な用具であるリーシをちゃんと使えるようになり、道を歩く姿に誰もが微笑ましい気持ちになる愛犬と飼い主を目指したいものです。
 
次回は、「暮らしやすい犬」と題し、うちの愛犬ノアが一番誇れる部分についての話です。お楽しみに!

親子の散歩姿。愛犬との散歩もこうでありたい

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てらぐちまほ在米27年。かつては人間の専門家を目指し文化人類学を専攻。2001年からキャリアを変え、子供の頃からの夢であった「犬の専門家」に転身。地元のアニマル・シェルターでアダプション・カウンセリングやトレーニングに関わると共に、個人ではDoggie Project(www.doggieproject.com)というビジネスを設立。犬のトレーニングや問題行動解決サービスを提供している。現在はニューヨークからLAに拠点を移し活躍中。ご意見・ご感想は:info@doggieproject.com

2016年1月25日月曜日

第88回「シェルターを離れて」

東海岸に住んでいた頃、14年間アニマ ル・シェルターでとにかくがむしゃらに 働きました。ところが、2014年秋に西海 岸に引っ越し、新生活を築くことに必死 になっているうちに、ふと気がつけばシ ェルター生活から離れて1年という時が 過ぎていたのです。今回は、過去14年間、 生活の大部分を占めていたシェルターで の活動から離れて1年経った今の心境を お話します。

恩返しに

4年半前に他界した愛犬ジュリエット との出会いが、シェルターでの動物愛 護活動の始まりでした。人間に虐待され、 ぼろぼろにされて道端に捨てられた1匹 のピットブル。彼女がたどり着いた先の パセイク・アニマル・シェルターのみん なは、その命を尊び、何とか救おうと懸 命に頑張ってくれました。その彼らの努 力で私とジュリエットは出逢えたのです。 それまで、動物愛護という世界とほとん ど接点がなかった私ですが、彼らの活動 ぶりに大変な感銘を受けました。そして、私もシェルターでチャンスを待っている たくさんのホームレス犬たちの役に立ち たいと15年前にその世界に飛び込んだの です。それはジュリエットの命へ、私と ジュリエットの運命への恩返しでした。

痛んだ心 

大好きな犬たちと思う存分に時間が 過ごせ、たくさんの犬たちと深い絆が築 けるシェルターでの仕事は私にとって夢 のようでしたが、愛するものの無残な運 命を痛いほど見せつけられ、無力を感じ、 悲しみと、悔しさと、怒りで眠れなかっ た夜は数えられません。

シェルターの戸をくぐってやってくる 犬に罪はないのです。彼らが陥った状況 (彼らを手にした人間)のせいで多くの犬 たちは短く儚い一生を終えていきます。1 匹の犬に家族を見つけても、捨てられて シェルターにやってくる犬の数が莫大過 ぎて絶望的になります。クレートの上に クレート、またその上にクレートと、積 み上げられた中に犬たちが窮屈そうに 入っている光景を見て、何度も嗚咽を 上げそうになりました。

それでも、大好きな犬のために、少 しでも役に立っているのならと無我 夢中で働きました。犬の前では絶対 に涙を流さない。自分の中の掟にな りました。後30分で安楽死させら れてしまう犬たちに、最後は楽し い思いのまま逝ってもらおうと一 緒に走って、笑って、そして見 送る。感情を押し殺さなければ できない仕事でした。何年も悲しみや悔 しさを押し殺し、頑張れ頑張れと自分を 励ましてきたせいで、いつの間にか私は 泣けない人間になっていました。14年間も愛するものの辛く悲しい局面を直に経 験し、心が痛みきっていたのです。涙が 枯れきっていたのです。現場を離れ、心 がずたずたになっていたことに気がつき ました。

しかし、私には使命があります。無 念に逝った犬達の命がどれだけ尊いもの であったかをいつまでも覚えていてあげ る、犬のために闘う、この社会問題を周 りの人間と考えていく。現場で体験した ことを絶対に無駄にしてはいけないので す。去年簡単な手術を受けることになり、 緊張の中、麻酔で眠りについた途端、夢 と現実の間から犬たちが何匹も私のベッ ド周りに現れ、私を励ましてくれました。 新たに自分の使命と宿命を確認した体験 です。またシェルター生活という縁が めぐってくるかはわかりません。しかし、 どこで何をしていても「犬と共に生きる」 のが私の道です。



この世の中からホームレス犬が いなくなることが願い

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てらぐちまほ在米27年。かつては人間の専門家を目指し文化人類学を専攻。2001年からキャリアを変え、子供の頃からの夢であった「犬の専門家」に転身。地元のアニマル・シェルターでアダプション・カウンセリングやトレーニングに関わると共に、個人ではDoggie Project(www.doggieproject.com)というビジネスを設立。犬のトレーニングや問題行動解決サービスを提供している。現在はニューヨークからLAに拠点を移し活躍中。ご意見・ご感想は:info@doggieproject.com


2015年12月5日土曜日

第87回「嫌な犬」

迷惑ジャック 

ジャックは、斜向えに住む10歳のオスのジャック・ラッセル・テリアです。新居に引越してきた日に、何も知らずジャックの家の前を通りました。すると、窓をガッツンガッツン叩きながら窓越しに私に吠えかかる犬が。それがジャックとの初対面でした。嫌な予感がしましたが、的中。ジャックはとにかくうるさい犬で、彼の家の前を通る犬に、子供に、大人に、物音に、何にでも過敏に反応し、けたたましい声を上げ、玄関の鉄の網戸や窓をバンバン叩き吠え叫びます。前を通るものは迷惑極まりません。 また、ジャックの飼い主が外出すると、今度は「文句吠え」が始まります。戸が閉まった途端、「おい!俺を残してどこに行く!戻って来い!いい加減にしろ!」と言わんばかりの金切り声で吠え叫び続けます。 しかし、ジャックの飼い主が「No」「Stop」「Enough」などとジャックの行動を正すところを見たり聞いたりしたことがありません。

犬だから…

ジャックの飼い主は、愛想のよい優しそうな若いカップルで、近所付き合いも「上手く」やっています。ジャックのことも、可愛い洋服を着せ換え「可愛がって」います。ただ、散歩や運動はというとトイレのため程度で、敷地外で散歩をしている彼らと出くわしたことはありません。ジャック・ラッセル・テリアの気質を知っている人なら、この犬種がどれ程の体と頭の刺激を求めているかが分かると思いますが、生憎ジャックにはそれらが与えられていないようです。そうして溜まったストレスを吐き出す方法が「異常吠え」。さらには、その問題行動さえ正されないという悪循環の毎日です。

もしこれが人間の子供だとしたら…。家の前を通る犬や人に暴言を叫び続けたり、家族が出て行った後、大声で文句を叫びまくったら、大抵の親は子供を叱り、諭すのではないでしょうか?それが、犬だと「いいか」で済むものでしょうか。ジャックに関してはなぜここまで放任なのだろう?と不思議になります。これくらいの吠えは犬だから仕方ないと思っているのか、迷惑は分かっているけど、何をしていいのか分からずここまで来てしまったのか、はたまた、「愛犬は生きたいように生かせたらいい」と言う自由尊重主義なのか。ラッキーな彼らは、近所がみんな寛大だから、今ままで大きな問題にならずに来たのでしょうが、場合によっては警察沙汰になったり、引越し要請が出たりという可能性もあり。そんないざこざが起こってしまったら、困り果てた挙句にジャックをシェルターに連れて行くのでしょうか。可愛い愛犬にはどうしても厳しくなれないと放任していることで、吠えてるジャック自身も、毎日ものすごいストレスになっているということを飼い主が理解してあげるべきです。

飼い主次第で

私は本当に犬が好きです。この世の中の何よりも好きです。ただ、社会性が養われていない、嫌な面ばかりを出している犬は、犬が大好きだからこそ苦手です。犬にいい姿を思い切り出させるか、醜い動物に豹変させるかは一緒にいる飼い主一つ。飼い主の育て方で全部変わります。犬は飼い主を選べません。ジャックも、もし他の飼い主のところで暮していれば、または、飼い主が奮起していれば、彼の良いところをふんだんに見せて、周りに好感を持たれる犬となれるでしょう。犬としてもっと幸せな日々を過ごせる可能性があるのに…と思うと不憫でなりません。いつか何かのきっかけで飼い主が奮起することを願うばかりです。

次回は、「シェルターを離れて…」と題し、14年間通い続けたシェルターでの活動から離れて一年経った今の気持ちについてのお話です。お楽しみに!


窓越しにノアと私を「攻撃する」ジャック

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てらぐちまほ在米27年。かつては人間の専門家を目指し文化人類学を専攻。2001年からキャリアを変え、子供の頃からの夢であった「犬の専門家」に転身。地元のアニマル・シェルターでアダプション・カウンセリングやトレーニングに関わると共に、個人ではDoggie Project(www.doggieproject.com)というビジネスを設立。犬のトレーニングや問題行動解決サービスを提供している。現在はニューヨークからLAに拠点を移し活躍中。ご意見・ご感想は:info@doggieproject.com

2015年11月5日木曜日

第86回「カリフォルニアのビーチ事情」

颯爽とかっこよくサーフボードに乗りサーフィンする犬。砂浜で仲間と楽しそうにたわむれ、水しぶきを浴びながら海の中に走って行く犬。真っ赤なサンセットを背中に飼い主とのんびり砂浜を散歩する犬。カリフォルニアのビーチでは、犬と飼い主が、生活の一部として海を満喫しているイメージがありますが、実はそうではないのです。今回は、意外なカリフォルニアのビーチ事情についてお話します。

行けども行けども

ジュリエットを飼い始めた直後のことです。「さあ、憧れだった”愛犬とビーチで海水浴“を楽しもう!」と意気込んで車を走らせ海に向かいました。下調べもせずに行ってみると、どこもかしこも「犬禁止」のサインが。ジャージー・ショアと呼ばれるニュージャージー州の長い海岸線のビーチを上から一つ一つ当たりましたが、行けども行けども「犬禁止」。唯一OKだったのが、州立公園のビーチのみ。それからと言うもの、泳ぐのが大好きだったジュリエットを連れて行くのは、もっぱら山の中の川か湖でした。 

ニューヨークに越してからも、事情はほとんど変わらず、数少ない「犬天国ビーチ」であるファイアー・アイランドにだけノアを何度か連れて行きました。この島に行く公共のフェリーボートには犬が同乗でき、「DOG」と記された犬用の切符と犬の料金もあり、そのドッグ・フレンドリーさには顔がほころびました。

犬天国ビーチ

さて、カリフォルニアで見つけた今の住居。付近にある数々の絶景のビーチへは20~30分の距離という便利さ。しかし、「カリフォルニアのビーチは犬と飼い主の生活の一部」というイメージはほぼ夢であったことが判明。所変わっても事情は同じで、衛生面の理由からほとんどのビーチが、砂浜と海水への犬の立ち入りを禁止しています。

そんな犬に悪状況のカリフォルニアでも、評判高いドッグビーチがあると噂を聞きました。一つはLong Beach Dog Beach (www.hautedogs.org/beach.html)。もう一つは、Huntington Beach Dog Beach (www.dogbeach.org) です。この二つのビーチでは、犬も自由に砂浜を駆け回り、海に入ってじゃぶじゃぶ泳ぐことが出来ます。週末はもちろんのこと、平日でも、これらのビーチには、海と自由を満喫する犬とその飼い主がたくさん訪れ、いつもにぎわっています。しかし、美しいカリフォルニアのビーチを犬天国と楽しめるのも、その裏で多大な努力をしている人々がいるからです。これらのドッグビーチは、犬と海をこよなく愛するボランティア団体によって作られ、守られています。彼らが市を説得し、権利を勝ち取ったと言っても過言ではないのです。犬が入れるエリアはきちんと区切られ、また、そのエリアの使用に関して厳しく細かいルールが設けられています。ルールが守れないなら立ち入り禁止。まさしく、それは、海と犬を愛する人たちの自由を守る努力です。

犬好きでなくても、犬天国のビーチを楽しむ犬と飼い主たちの姿を見ていると思わず顔がほころぶもの。機会があれば是非一度訪れてみてください。

次回は、「嫌な犬」と題し、日頃困った気持ちにさせられる犬についての話です。お楽しみに!


ビーチで愛犬ノアと遊ぶ著者

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てらぐちまほ在米27年。かつては人間の専門家を目指し文化人類学を専攻。2001年からキャリアを変え、子供の頃からの夢であった「犬の専門家」に転身。地元のアニマル・シェルターでアダプション・カウンセリングやトレーニングに関わると共に、個人ではDoggie Project(www.doggieproject.com)というビジネスを設立。犬のトレーニングや問題行動解決サービスを提供している。現在はニューヨークからLAに拠点を移し活躍中。ご意見・ご感想は:info@doggieproject.com


2015年10月5日月曜日

第85回「飼い主の期待」

親なら子供が生まれた時、その子にさまざまな期待を託すでしょう。「頭のいい子になりますよう」「大物になってほしい!」「優しい子になってください」など。同様に、犬の飼い主も愛犬にさまざまな期待を抱いているのでは?今回は、「飼い主の期待」と題し、自分の懺悔的経験を基に、飼い主の期待がもたらす愛犬との関係についてをお話します。

余裕ができたら

やっと犬を飼うことを決意し迎え入れたジュリエット。そんな彼女との暮らしは、どちらかと言うと無我夢中で、彼女に対してあれこれ期待を持ったという記憶はありません。というのも、ジュリエットは私と出会う前は、人間から拷問、虐待を受ける生活で、飼い主から社会性を学ぶ機会や、十分な運動、また愛情さえも与えられたことなし。期待を抱くより、普通に楽しく暮らせればそれでいい、という気持ちが一番でした。ところが、現在の愛犬ノアをアダプトした頃は、自分に「犬と暮らす」という点で余裕があったために、その頃成長期真っ盛りの彼への期待が、それはそれはたくさんありました。

実はノアと出会う数年前に、その当時通っていたアニマル・シェルターで、「これぞ理想の犬!」という犬を見つけました。当時は高齢のジュリエットとの二人暮らし。残念ながら、どう頑張ってもジュリエットより一回り大きいエネルギー溢れる若い雄犬を迎え入れることは無理でした。しかし、それからも私の頭の中には偶像化したその犬のことが頭の片隅にありました。

何か違う

その理想犬は、なんとも自信に満ち溢れた犬でした。といって他者に恐怖感を与えるようなことはまったくなく超社交的なのですが、実に堂々としていました。だから私は、容姿の似たノアを同じような性質だと勝手に思い込んで、自信に満ちた犬になるのだろうと、大きな期待を抱いていたのです。それもそのはず。うちに来る前に付けられていた名前は「マッチョ(逞しい男)」でした。しかし、実はノアはアメリカで言うなら「チキン」そのもの。体は大きいのに、気の小さい弱心者。ビビリ光線を発しまくるので、いじめるタイプの犬たちに何度も襲われています。私の中で「何かが違う」というギャップを感じていたのは確かです。にも関わらず、勝手に自分の枠に入れようとしていました。しかし、ノアはノア。私の期待に沿えないことは沿えないと、彼なりの意思表示や反発をし、しばらくはちぐはぐな関係が続きました。そのうち、私が「本当のノア」を見ることができ、彼のそのままを受け入れ、それを彼の長所と愛し始めたら、ノアとの関係はぐっと接近しました。

ノアは、牙を剥くことも、唸ることもしません。嫌なら逃げるか観念する。そんなノアですから、赤ちゃんでも、外で初めて会う人でも安心して遊ばせることができます。臆病だけど、ひょうきんで人懐っこいノア。彼のすべてが理解できる今は、以心伝心で何でも分かり合える関係になりました。相手に色々期待を抱くのも愛情のしるし。しかし、現実とのギャップと真っ直ぐ向き合うことが、飼い主の真の愛の証明ではないでしょうか。

*今号で執筆5年になりました。いつもご愛読ありがとうございます。これからも引き続き宜しくお願いします。次回は、「CAビーチ事情」と題し、カリフォルニアのビーチと犬についての話です。お楽しみに!



お互いの長所も短所も全部把握し合った仲に

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てらぐちまほ在米27年。かつては人間の専門家を目指し文化人類学を専攻。2001年からキャリアを変え、子供の頃からの夢であった「犬の専門家」に転身。地元のアニマル・シェルターでアダプション・カウンセリングやトレーニングに関わると共に、個人ではDoggie Project(www.doggieproject.com)というビジネスを設立。犬のトレーニングや問題行動解決サービスを提供している。現在はニューヨークからLAに拠点を移し活躍中。ご意見・ご感想は:info@doggieproject.com