2016年5月2日月曜日

第91回『The Champions』

3月に素晴らしい映画のイベントに行く機会がありました。『The Champions』というドキュメンタリー映画です。2007年に全米を震え上がらせたNFLスタープレイヤー、マイケル・ヴィックの闘犬賭博事件で保護された犬たちが、どんな運命を辿ることになったのか。ドキュメンタリー映画作りのベテラン監督が、「Vick Dogs」と呼ばれる、それらの犬たちのその後と、彼らを取り巻く人間たちの奮励と尽力を見事に綴っています。


最悪な事件がもたらした光

 2007年4月、NFLのスター選手、ヴィックの豪邸に警察の手入れが入り、闘犬賭博ビジネスが発覚。ヴィックは捕まり、現場からは70匹以上の犬と、拷問で殺された犬たちの残骸も見つかりました。事件発覚後、生き延びて救出された犬たちの運命に焦点が集まりました。と言うのも、それまで闘犬現場から保護された犬は、議論の余地なく全部殺処分されていたからです。しかし、世間の大注目を浴びたこの事件が、その後の闘犬飼育場出身の犬たちの運命を変えるきっかけとなりました。
 事件後当初は、動物愛護活動団体の大御所のHumane Society of United StatesやPETA*も、保護されたすべての犬を「全米一危険な犬」と非難し、全犬の殺処分を提案していました。しかし、世間からの関心があまりにも強かったことを受け、事件を担当していた裁判官は、動物法専門の教授に保護された犬たちの徹底的な分析と判断を依頼したのです。

セカンド・チャンス

 保護された、ほぼすべての犬は、世間の推測を見事に裏切るかのように、アグレッシブで危険とは正反対の気質でした。人間に対してポジティブな経験をしたことがなく、社会性もまったく身につけていないため、ほとんどの犬たちが異常に敏感に怯え、地べたにへばりつく、隅に隠れるという行動を見せました。しかし、攻撃的になることはなく、人間のなすがまま。そうして生き延びるしかなかったのでしょう。
 この映画では救出された数十匹の犬の中から5匹の犬達に焦点があてられ、保護されてからの数年間の彼らの運命と新生活が紹介されています。今では立派にセラピー・ドッグとして活躍し、社会に貢献している犬もいます。誰が予想できたことでしょう。あんな極悪卑劣な状況下を経験させられても、チャンスが与えられれば本質を発揮し生まれ変われる。映画は、それらの犬の、生きる力と健気な生き様に共感を覚え、愛、忠誠、希望で、闘犬救出活動の歴史を変えたこの事件一連を一緒にくぐり抜けた人間たちが見つける「人間と動物のあるべく形」をも巧みに描き、心に響きます。

永遠のテーマ

 人間は己のあらゆる欲望のために、他類の動物を無情に傷つけることをします。しかし、またその反対に、自分を捨ててまで献身的に動物を助け、動物のために闘うのも人間。地球を我物顔で牛耳っている人間が、「動物と人間が本来あるべき形」を認識し、進んでいくことを切に願う機会をくれた映画でした。全米各地でのスクリーニングに加え、ネットでダウンロードして鑑賞も可能。詳しくは、http://www.championsdocumentary.comまで。
 次回は、「BSL (Breed Specific Legislation – 特定犬種への法制 」と題し、存続する差別的な法律とそのインパクトについてお話しします。お楽しみに!
*PETA (People for the Ethical Treatment of Animals)

               ひとりでも多くの人に、この映画のメッセージが届いてほしい
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てらぐちまほ在米27年。かつては人間の専門家を目指し文化人類学を専攻。2001年からキャリアを変え、子供の頃からの夢であった「犬の専門家」に転身。地元のアニマル・シェルターでアダプション・カウンセリングやトレーニングに関わると共に、個人ではDoggie Project(www.doggieproject.com)というビジネスを設立。犬のトレーニングや問題行動解決サービスを提供している。現在はニューヨークからLAに拠点を移し活躍中。ご意見・ご感想は:info@doggieproject.com