2016年6月4日土曜日

第92回 『BSL(特定犬種規制法)』

幸い、私は生まれてこの方、自分自身のことで極度の差別を受けた経験がありません。しかし、16年前にピットブルのジュリエットを飼い始め、間接的とは言え、初めて犬種差別による苦悩を痛切に体験することになりました。それは、今日に至っても同種のノアとの暮らしで続いています。今回は、特定の犬種への理不尽な差別と、それらの犬種を規制するために存在する法律についてお話しします。

「撃ち殺すぞ!」

 愛犬ノアがパピーだった頃の話です。道で小さい女の子がノアを触りたそうにしたので、ノアは喜んで遊ぼうとしました。すると女の子の手を握っていたお父さんが「一歩でも近づいたら警察を呼ぶぞ!」と真っ赤になって私に怒鳴りました。その後も、その男の人はものすごく汚い罵声を放ち、女の子の手をぐいっと引っ張って去って行きました。
 最近も同じようなことがありました。芝生を臭い嗅ぎしていたノアと私の方に家族が歩いてきました。すれ違う時、男の人が「そんな危険な犬を近づけるな」と言いました。私には彼が言う「危険な犬」がノアとは思えなかったので、そのまま歩くと、男の人はものすごい声で「お前の犬を撃ち殺してやるぞ!」と言いました。私は恐怖で震えノアを連れて大急ぎでその場を立ち去りました。
 この16年間、同じようなことを何度も体験しています。「犬としての性質」でなく、ピットブルという犬種の作られたイメージだけで偏見視され、酷い扱いを受け、非常に悔しい思いをしてきました。 

犬のホロコースト

 アメリカをはじめ世界にはBSL(特定犬種規制法)というものが存在します。一部の行政区が、危険とみなした特定の犬種の飼育の規制や禁止をする法律です。飼育禁止犬種というだけで、危険な行為を一度も見せたことのない罪もない犬が、飼い主の元から引き離され、殺処分というケースは山ほどあります。ここでも以前紹介したアイルランドの「レノックス」は、禁止犬種に見えるだけで殺されました(*BSLの詳しい情報は下記から)。
 さて、ここでの問題は、特定の犬種を一括りにして「全部危険」とみなせるかです。私は今までに仕事で数千頭以上の犬を扱ってきましたが、確かに危険な犬に出会いました。BSLに含まれる犬種もいました。しかし、巷でファミリーペットと言われる犬種もたくさんいました。愛犬ノアは、危険な犬ではありません。彼を危険とみなすなら、世の中のほとんどの犬が危険な犬の部類に入ります。しかし、ノアは犬種としては世界中のほぼすべてのBSLで危険犬種と指定された犬種です。
 危険な犬の裏には必ず人間がいます。そしてその人間が「危険」を作ります。責任を持って育てられない人間、犬をあえて危険に訓練する人間。犬が危険に生まれるのではなく、人間が危険な犬を作り出すのです。行政は、一括りにして規制するのは簡単でしょう。しかし、その裏で大切な愛犬を取り上げられ、悲痛な思いをしている家族、罪もないのに規制犬種ということで無残に殺処分される犬、世間から差別され苦しむ飼い主がいることを忘れないでほしいのです。世の中を良くするための規制なら正しい規制を作るべきです。
 この特定犬種への差別と規制法に怒り、悲しむ私ですが、幸いなのは皮肉にも当の犬たちがまったく知らないという点です。彼らが「犬種ということだけで差別する人間の醜い部分」を知らないということだけが本当に救いかもしれません。
 次回は、「噛む犬・噛ませる人間」の話です。お楽しみに!
「僕は危険ですか?」
Photo © Maho Teraguchi

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てらぐちまほ在米27年。かつては人間の専門家を目指し文化人類学を専攻。2001年からキャリアを変え、子供の頃からの夢であった「犬の専門家」に転身。地元のアニマル・シェルターでアダプション・カウンセリングやトレーニングに関わると共に、個人ではDoggie Project(www.doggieproject.com)というビジネスを設立。犬のトレーニングや問題行動解決サービスを提供している。現在はニューヨークからLAに拠点を移し活躍中。ご意見・ご感想は:info@doggieproject.com